お盆なので墓参りに行ってきた。といっても自転車で5分ほどの距離にある一誉坊(いちょぼ)墓地。今日の写真はその入り口にある、無縁仏となった墓石を集めてピラミッドのようになりつつある石碑群だ。かなり古いと思われる墓石もたくさんある。ちなみにボクの家系の墓のすぐ横には嘉永元年の墓石が数本建っていて古そうなので、それがどのくらい前なのか、帰ってから調べてみたら嘉永とは1848年から始まっていて、天保などの後で、安政の前だった。
不思議なもので嘉永とか天保とかいうと、うわぁ江戸時代!と驚くが、でもこれを西暦で考えるとたかだか160年くらい前のハナシなのだ。日本が誇る写真家の一人、自称・天才アラーキーこと荒木経惟が敬愛するフランスの写真家、ウジェ−ヌ・アジェが生まれたのが1857年というから、アジェが生まれたのは日本で言うと7年しか続かなかった短い嘉永が終わって次の安政になった頃のハナシだ。
アジェはWikipediaによれば「近代写真の父と呼ばれる。20世紀前後のパリの建築物,室内家具など失われる古きパリのイメージを撮影。」とある。ボクは荒木を通じてアジェのことも知ったが、偶然にも映画「エディット・ピアフ」のパンフレットに掲載されていた、アジェの撮影したムーラン・ルージュの建物は印象的だった。なんたってその外を歩いている女性が、あのスカートの後ろがぽこんと膨らんだ、ええとどう言えばいいんだ?点描画家、スーラの描いた「グランド・ジャット島の日曜日の午後」 に出てくる川のほうを向いた女性の横顔ならぬ横姿のスカートみたいな、ってヤヤこしい説明だなあ、でも分かるでしょ?あれ。。。。ん?なんのハナシだっけ?