*** テキトー絵日記 ***

2017/12/22(金)

新潮新書「ジャズの証言」

今日は冬至 with Q7

今日は一年で昼間の時間が一番短い冬至の日だ。ということは明日から毎日少しずつ夏至に向かっていくということだ。なんか嬉しい。とは言え、実際に寒さが募るのはこれからなんだけどねえ。

久しぶりにジャズの本を読んだ。「ジャズの証言」というピアニストの山下洋輔と評論家の相倉久人の対談集だ。内容は前半が山下洋輔が中央に出てきた頃、すなわち1960年代前半の東京でのジャズの現状。実名入りであの時誰それがああ言ったこう言ったという生々しいもので実に面白い。

後半は山下洋輔が書いた「ブルーノート研究」という論文的な考察本をめぐるところから、近代の西欧音楽と旋律重視の音楽が対立せず融合せず、むしろ両者が並存したままのものがジャズであり、その混沌こそが60年代ジャズであったという二人の解釈が実に明快でもあり、またボクにとっても示唆に富むものであった。

バークレー方式(というアメリカの音楽学校が生み出したジャズの教育システム)の功罪なんかにも触れていて、この呪縛でがんじがらめになっているプレイヤーにも読んでもらいたいと思った。ちょっと抜粋すると、(以下)

ビバップというものが出てきたとき、たまたま説明できる理論を提示したのがバークリーだった。うまい具合にコードネームで音楽構造を説明できたので、それ以降モダンジャズを習いたい者はバークリーに行くという現象が起きた。

〜中略〜この後で内声部のことが取り上げられ、

ところがコードネームはそれをバサッと切り捨ててしまい、『この塊はC』という具合に記号に変えてしまった。それが大発明であり、大問題でもある。だからこそビバップは商業音楽になり得たと言われるのは確かにその通りで、たとえばカルロス・ジョビンがやっている音楽はその対極にあります。あの人の曲はすべて、内声の動きが重要な役割を担っています。

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