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先日、シャツにアイロンを掛けながらNHKラジオを聴いていたら朗読が始まった。お題は林芙美子の「浮雲」だ。これを連載形式で少しずつ朗読しているようだ。思わず手を止めて聴き入ってしまった。前からこの作品には惹かれるところが多かったのだけど、こうして女性の落ち着いた声でゆっくりと朗読するのを聴くとこの作品の行間や背景に漂う感性の鋭い女性の視点が浮かび上がってきて、またしてもこの作品を読み返したくなり、遅読のボクとしては今日のところはほんのさわりだけでもと思っていたのに気がつけば150ページまで読み進んでいた。
しかしこれを読むなら小説の下敷きとなった林芙美子自身の南方での体験から大胆に推理した桐野夏生の「ナニカアル」もまた読み返さないといけないだろうと思って、これも本棚の奥から引っ張り出して用意している。この本に関して文芸評論家の井口時男氏は「ミステリー作家でもある著者が、『放浪記』や『浮雲』で知られる作家・林芙美子の戦時下の隠された「ナニカ」の謎解きに挑戦した。著者が暴き出した「ナニカ」は妻子ある新聞記者との恋愛。しかも芙美子は生涯初めて妊娠し、夫にも秘密に出産して、赤ん坊を養子として家に引き取って育てたという大胆な推理だ。(以下略)」と評している。
「浮雲」だが、男女のハナシとしてはもちろん、敗戦を挟み価値観の大転換や物資の乏しい戦後の状況などを背景にして、林芙美子自身の投影でもあろうと思われる<ゆき子>の理性と感情のはざまで揺れ動く心の描写が印象に深い。
山岳小説から始まって、戦後日本のジャズ業界を描いたノンフィクション、そして同じく戦後の動乱期ながら男女の心の揺れ動きを克明に描写した文学作品と、このところのボクの読書傾向は推移してきているが、やはり文学作品には言葉の持つ意味の広がりがとても豊かなようだ。こんな類推は似つかわしくないかもしれないが、ラウンジ的な表層だけをなぞるジャズ演奏と、感情の発露までもを伴う本来でのジャズ演奏の違いのような気がした。